カントリーロード~セカンドシングルマザーの生きる道

行政書士を目指すシングルマザー。離婚・再婚・資格・貧困・教育・育児・登山・読書・絵手紙のことなど書いています。

入院

シングルマザー 鵬蘭 アラフォーです☆
開業目指して法律系の資格勉強中です。

趣味は、登山、ハイキング、ピクニック、絵手紙。読書。

秩父・飯能・奥多摩など好きです。

神社・仏閣も好きですが、中々忙しく巡ることができません。

いつか御朱印帳を持って秩父札所巡りをしたいです。

二度の離婚・再婚・起業・資格・貧困・育児・教育・趣味のことなど雑感を綴っています。

正直者なので少し毒舌な時があるかもしれません。
たまに空気が読めない時があるかもしれません。
悪気はありませんし、人は傷つけません。


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【告白⑫】退院を境に元夫の暴力が始まりました・・・

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>>【告白⑪】 つづき
 
※注:暴力的な描写がありますのでそれを踏まえて読まれてください。


退院してからが大変でした。
 
完治での退院ではないので、毎日リハビリの為、車で30分の病院へ通院です。
 
幸い怪我したのは左膝で、右足は元気だったので、オートマの運転に支障はありませんでした。
 

家では松葉杖で家事をし、車で買物に行き、またスーパーで松葉杖。
 
不便です。
 

しかし、若い人が松葉杖をついていても捻挫くらいにしか思われず周りは案外冷たいのです。
 
外食に行っても松葉杖が邪魔だからと入店拒否されたりもしました。
 
本当に不自由でした。
 

そして徐々に人間不信になっていきました。
 

職場に怪我を隠蔽され、責任を押し付けられ、上司の手前、仲のよかった会社の人たちも半分は音信不通に。
 
 
会社に裏切られ、友達も離れていき、外出すれば松葉杖だからと邪魔にされ、親とも疎遠。
 

・・・孤独でした。
 
 
それでも数人の友人はお見舞いに来てくれたり、退院後も遊びにきてくれたりもしましたが、私自身が疑心暗鬼になっていたので、その数人の友人たちでさえ拒んでしまいました。
 
誰にも会いたくない・・

今思えば鬱だったのでしょう。
 

そして毎日タクに当り散らしていました。
 
『あなたのせいで、友達も仕事もなくなった!』

『出かけても邪魔にされるし、家での家事も思うように行かない!』
 
退院してから通院以外はほとんど一人で家ばかりにいて、私はもう限界だったのです。
 
タクはそんな私の態度に腹をたて、何度か喧嘩になりました。
 


そしてある日の喧嘩の時、タクは私がついていた松葉杖を思いっきり蹴ったのです。

私は支えがなくなり家の中で大きく跳ねるようにして倒れました。
 
それがタクのトリガーになったのか、その後もタクは暴力をやめず、『死ね!死ね!死ね!』と倒れた私の手術した左膝を目指して、何度も何度も蹴りました。
 

『ギャー!!!!』


私は叫びました!
 
気が狂ったかのように泣き叫びました。
 

痛みよりも私は、彼氏であるはずのタクが、歩けない私に対して暴力をふるい、『死ね!』と狂ったように言い、何度も何度も私を蹴り上げるタクに対して、恐怖と怒りと悲しみを覚えました。
 

何度も膝を蹴られてるうちに、意識が遠のいていきました。

私はこのまま歩けなくなるかもしれない、いや、もしかしたら殺されるかもしれない、ともうろうとしながら思いました。

タクのこの時の狂気に満ちた顔は20年以上たった今でも目に焼きついています。

 
私はキッチンの硬い床の上に仰向けで倒れ、白い天井を見上げながら・・・それもいいかな、楽になれるならいっそこのまま死んでしまいたい・・・
 

・・お互い、まともな思考回路ではありませんでした。
 
私も追い詰められていましたが、タクも追い詰められていたのだと思います。
 
そしてこの日を境に、タクの暴力が始まりました。


次の記事はこちら★
【告白⑬】暴力から救ってくれた神様からのプレゼント


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【告白⑪】入院〜手術。そして何もかも投げやりになりました・・

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>>告白⑩ 

つづき

地方で怪我をした私は、すぐに東京に戻り、救急病院へ搬送されました。

すると急遽、緊急入院です。

膝の靭帯断裂で全治3ヶ月。

原因はタクの不注意からの事故でした。



そして私は会社を3ヶ月間休職することを余儀なくされました。

今思えば、労災がおりるであろう事故ですが、ブラックな企業で、私の怪我を労災扱いにはしてくれませんでした。

傷病手当も出ませんでした。

その時は私もタクも仕方ないと諦めましたが、会社は私が怪我をしたことを隠蔽したかったらしいのです。

私に不倫を迫っていたあのパワハラセクハラ上司も、私が怪我をした途端、無視です。

それどころか、自身の保身の為に私を辞めさせようとしました。


電話で上司は言いました。

『怪我してからの連絡が遅かったな・・もううちには必要ない』

・・・私は負けました。

怪我を負って精神的に参っていたので、上司や会社と戦う気力もなかったのです。

自主退職です。



タクは責任を感じ、毎日お見舞いに来てくれました。

最初は固定していた足ですが、数週間で固定を外すと、なんと私の膝は癒着しており、膝の曲げ伸ばしが全くできない状態になっていました。


それからが、大変です。

毎日のリハビリ。

元々根性のない私は、リハビリが辛く毎日タクに八つ当たりをしていました。


ある時、タクに泣きながら言いました。

『あなたのせいで、職も失って、こんな痛い思いしても歩くこともできない!』

『責任とってよ!もうこんな生活いやだ!』

泣きじゃくりながら私は嗚咽と共に小さく叫びました。


すると、タクは言いました。

『退院したら結婚しよう・・・』



・・嬉しいはずのプロポーズなのに、私はその時、素直には喜べませんでした。


何故ならタクが本気で私と結婚したいと思っていなかったから。

わかるんです、女って。

敏感ですから。



そんな気持ちで毎日泣きながらリハビリを続けましたが、気力もモチベーションもなく、とうとう膝を動かすことができなくなってしまいました。

今思えば精神的なものだと思いますが、当時はもう鬱状態でリハビリになりませんでした。

毎日、喫煙所に入り浸り、タバコを吸いながら他の入院患者と遊んでばかり。

完全にリハビリも人生も投げやりでした。


そして結局、医師の判断で手術をすることになりました。

その時、既に3ヶ月。

完治する気配はなし。



親もほとんどお見舞いに来ません。

理由は入院費を出したくなかったのだと思います。

私とタクは最初から親に頼るつもりはありませんでした。

なのでお金ではなく、怪我をした娘の体を心配して欲しかったのです・・

親との絆も所詮お金なんだな、と私は22歳で悟りました。

それぐらい希薄な親子関係だったのです。



手術の日が来ました。

手術の日は姉が来てくれました。

親は結局来ませんでした。



手術を終え、私は脊椎麻酔をしたまま、数日を過ごしました。

その痛みのない状態でのリハビリが始まりました。

脊椎麻酔のおかげであんなに痛かったリハビリも痛くなくなったのです。


そしてやっと退院の日が決まりました。


入院の日から6ヶ月が経とうとしていました・・・


つづく
【告白⑫】退院を境に元夫の暴力が始まりました・・・


【告白⑩】上司の逆襲〜可愛さ余って憎さ百倍
【告白⑨】逆ギレ男の突然の暴力、泣き叫ぶ私。
【告白⑧】メンヘラかまって女の"マウンティング"とは!?

【告白⑦】元夫との波乱づくしの同棲生活が始まりました
【告白⑥】上司の誘惑〜湾岸とタバコと香水の匂い
【告白⑤】二つの別れ話、そしてふたりは・・・?
【告白④】元カノ登場!あ〜女って本当に面倒臭い!笑
【告白③】嫌がらせの犯人が判明!そしてまさかの展開へ
【告白②】ある日いきなり嫌がらせがはじまりました..
【告白①】一度目の離婚への道のり~元夫との出会い



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鵬蘭【ほうらん】

2度の離婚を経験したセカンドシングルマザー鵬蘭。
アラフォー子ども3人。
行政書士試験に挑戦します。
仕事・育児・家事・勉強・など、シングルマザーの雑感を綴っています。
告白・実話シリーズ連載中。

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