カントリーロード~セカンドシングルマザーの生きる道

行政書士を目指すシングルマザー。離婚・再婚・資格・貧困・教育・育児・登山・読書・絵手紙のことなど書いています。

離婚

シングルマザー 鵬蘭 アラフォーです☆
開業目指して法律系の資格勉強中です。

趣味は、登山、ハイキング、ピクニック、絵手紙。読書。

秩父・飯能・奥多摩など好きです。

神社・仏閣も好きですが、中々忙しく巡ることができません。

いつか御朱印帳を持って秩父札所巡りをしたいです。

二度の離婚・再婚・起業・資格・貧困・育児・教育・趣味のことなど雑感を綴っています。

正直者なので少し毒舌な時があるかもしれません。
たまに空気が読めない時があるかもしれません。
悪気はありませんし、人は傷つけません。


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【告白⑬】暴力から救ってくれた神様からのプレゼント


【告白⑫】つづき

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私たちはほんの少しの事で言い争いになるようになりました。

その度に何度も泣きながら 『死にたい!』 と口にしていました。

それを聞くとスイッチが入り 『じゃあ死ねよ!』 とタクの暴力が始まるのです。

そうなると私も、少しのことで情緒不安定になり感情が治まらずヒステリックになるので余計にタクを逆なでする、という悪循環でした。

この悪循環を止めるべく、お互いの努力と思いやりが必要でしたが、怪我をして完全に引きこもっていた私にはそんな余裕はありませんでした。



そんな状態で、何故二人とも同棲を解消しなかったのか?

私は実家には二度と戻りたくなかった、という理由がありますが、タクはのほほんと育った一人っ子なので、特に実家に帰りたくない理由は見当たりませんでした。

こんなに頭の弱いボケッとした暴力男と、ヒステリックで感情的で引きこもりの女でしたが、やはりお互い情があったのだと思います。

喧嘩をしてない時の二人はとても仲が良く、私の足も段々と日常生活には支障なく動けるようになり、そろそろ結婚したいね、などと二人で話したりもしていました。



そんな矢先です。

私は妊娠しました。

23歳になったばかりの秋でした。

生理がきていないことをタクに話すとすぐに妊娠検査薬で検査しました。

陽性です。

すぐに病院に行き、確認しました。

やはり間違いなく妊娠です。

私とタクは喜びました!

待望の妊娠だったからです。

私の怪我や退職でギクシャクしていた二人の関係が長女の妊娠を機に元に戻りつつありました。

順番は違えど、結婚の話も出ていたので、タイミング的にはいいタイミングでの妊娠でした。

神様から授かった大切な大切な私たちの宝物!



・・・ただ結婚するにあたり、私には一つ気になっていたことがあったのです。


つづく。


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【告白⑫】退院を境に元夫の暴力が始まりました・・・

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>>【告白⑪】 つづき
 
※注:暴力的な描写がありますのでそれを踏まえて読まれてください。


退院してからが大変でした。
 
完治での退院ではないので、毎日リハビリの為、車で30分の病院へ通院です。
 
幸い怪我したのは左膝で、右足は元気だったので、オートマの運転に支障はありませんでした。
 

家では松葉杖で家事をし、車で買物に行き、またスーパーで松葉杖。
 
不便です。
 

しかし、若い人が松葉杖をついていても捻挫くらいにしか思われず周りは案外冷たいのです。
 
外食に行っても松葉杖が邪魔だからと入店拒否されたりもしました。
 
本当に不自由でした。
 

そして徐々に人間不信になっていきました。
 

職場に怪我を隠蔽され、責任を押し付けられ、上司の手前、仲のよかった会社の人たちも半分は音信不通に。
 
 
会社に裏切られ、友達も離れていき、外出すれば松葉杖だからと邪魔にされ、親とも疎遠。
 

・・・孤独でした。
 
 
それでも数人の友人はお見舞いに来てくれたり、退院後も遊びにきてくれたりもしましたが、私自身が疑心暗鬼になっていたので、その数人の友人たちでさえ拒んでしまいました。
 
誰にも会いたくない・・

今思えば鬱だったのでしょう。
 

そして毎日タクに当り散らしていました。
 
『あなたのせいで、友達も仕事もなくなった!』

『出かけても邪魔にされるし、家での家事も思うように行かない!』
 
退院してから通院以外はほとんど一人で家ばかりにいて、私はもう限界だったのです。
 
タクはそんな私の態度に腹をたて、何度か喧嘩になりました。
 


そしてある日の喧嘩の時、タクは私がついていた松葉杖を思いっきり蹴ったのです。

私は支えがなくなり家の中で大きく跳ねるようにして倒れました。
 
それがタクのトリガーになったのか、その後もタクは暴力をやめず、『死ね!死ね!死ね!』と倒れた私の手術した左膝を目指して、何度も何度も蹴りました。
 

『ギャー!!!!』


私は叫びました!
 
気が狂ったかのように泣き叫びました。
 

痛みよりも私は、彼氏であるはずのタクが、歩けない私に対して暴力をふるい、『死ね!』と狂ったように言い、何度も何度も私を蹴り上げるタクに対して、恐怖と怒りと悲しみを覚えました。
 

何度も膝を蹴られてるうちに、意識が遠のいていきました。

私はこのまま歩けなくなるかもしれない、いや、もしかしたら殺されるかもしれない、ともうろうとしながら思いました。

タクのこの時の狂気に満ちた顔は20年以上たった今でも目に焼きついています。

 
私はキッチンの硬い床の上に仰向けで倒れ、白い天井を見上げながら・・・それもいいかな、楽になれるならいっそこのまま死んでしまいたい・・・
 

・・お互い、まともな思考回路ではありませんでした。
 
私も追い詰められていましたが、タクも追い詰められていたのだと思います。
 
そしてこの日を境に、タクの暴力が始まりました。


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【告白⑪】入院〜手術。そして何もかも投げやりになりました・・

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>>告白⑩ 

つづき

地方で怪我をした私は、すぐに東京に戻り、救急病院へ搬送されました。

すると急遽、緊急入院です。

膝の靭帯断裂で全治3ヶ月。

原因はタクの不注意からの事故でした。



そして私は会社を3ヶ月間休職することを余儀なくされました。

今思えば、労災がおりるであろう事故ですが、ブラックな企業で、私の怪我を労災扱いにはしてくれませんでした。

傷病手当も出ませんでした。

その時は私もタクも仕方ないと諦めましたが、会社は私が怪我をしたことを隠蔽したかったらしいのです。

私に不倫を迫っていたあのパワハラセクハラ上司も、私が怪我をした途端、無視です。

それどころか、自身の保身の為に私を辞めさせようとしました。


電話で上司は言いました。

『怪我してからの連絡が遅かったな・・もううちには必要ない』

・・・私は負けました。

怪我を負って精神的に参っていたので、上司や会社と戦う気力もなかったのです。

自主退職です。



タクは責任を感じ、毎日お見舞いに来てくれました。

最初は固定していた足ですが、数週間で固定を外すと、なんと私の膝は癒着しており、膝の曲げ伸ばしが全くできない状態になっていました。


それからが、大変です。

毎日のリハビリ。

元々根性のない私は、リハビリが辛く毎日タクに八つ当たりをしていました。


ある時、タクに泣きながら言いました。

『あなたのせいで、職も失って、こんな痛い思いしても歩くこともできない!』

『責任とってよ!もうこんな生活いやだ!』

泣きじゃくりながら私は嗚咽と共に小さく叫びました。


すると、タクは言いました。

『退院したら結婚しよう・・・』



・・嬉しいはずのプロポーズなのに、私はその時、素直には喜べませんでした。


何故ならタクが本気で私と結婚したいと思っていなかったから。

わかるんです、女って。

敏感ですから。



そんな気持ちで毎日泣きながらリハビリを続けましたが、気力もモチベーションもなく、とうとう膝を動かすことができなくなってしまいました。

今思えば精神的なものだと思いますが、当時はもう鬱状態でリハビリになりませんでした。

毎日、喫煙所に入り浸り、タバコを吸いながら他の入院患者と遊んでばかり。

完全にリハビリも人生も投げやりでした。


そして結局、医師の判断で手術をすることになりました。

その時、既に3ヶ月。

完治する気配はなし。



親もほとんどお見舞いに来ません。

理由は入院費を出したくなかったのだと思います。

私とタクは最初から親に頼るつもりはありませんでした。

なのでお金ではなく、怪我をした娘の体を心配して欲しかったのです・・

親との絆も所詮お金なんだな、と私は22歳で悟りました。

それぐらい希薄な親子関係だったのです。



手術の日が来ました。

手術の日は姉が来てくれました。

親は結局来ませんでした。



手術を終え、私は脊椎麻酔をしたまま、数日を過ごしました。

その痛みのない状態でのリハビリが始まりました。

脊椎麻酔のおかげであんなに痛かったリハビリも痛くなくなったのです。


そしてやっと退院の日が決まりました。


入院の日から6ヶ月が経とうとしていました・・・


つづく
【告白⑫】退院を境に元夫の暴力が始まりました・・・


【告白⑩】上司の逆襲〜可愛さ余って憎さ百倍
【告白⑨】逆ギレ男の突然の暴力、泣き叫ぶ私。
【告白⑧】メンヘラかまって女の"マウンティング"とは!?

【告白⑦】元夫との波乱づくしの同棲生活が始まりました
【告白⑥】上司の誘惑〜湾岸とタバコと香水の匂い
【告白⑤】二つの別れ話、そしてふたりは・・・?
【告白④】元カノ登場!あ〜女って本当に面倒臭い!笑
【告白③】嫌がらせの犯人が判明!そしてまさかの展開へ
【告白②】ある日いきなり嫌がらせがはじまりました..
【告白①】一度目の離婚への道のり~元夫との出会い



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【雑感】シングルマザーの独り言〜離婚率の高さと日本人の貞操観念

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★離婚の連鎖

私の周りは離婚率が高いです。

うちの部署は3人いますが100%の離婚率です。

去年退職した元上司もバツイチ。

別の部署ですが、女性社員も私を含め4人離婚しています。

前職の社長の娘も上司も離婚しました。

子どもの保育園時代のママ友仲良し4人組がいたのですが、私含め4人とも離婚しました。

ちなみに私の姉も離婚しています。

姉の彼氏もバツイチです。

何でしょう、この連鎖。

類が友を呼びました。



★『不倫は文化』


実は日本人の性は歴史的に見てもかなり乱れていました。

江戸時代の江戸は出稼ぎにきた男が多く、女が少なかったので、長屋で自分の奥さんの身売りなんかは当たり前です。

その奥さんの稼ぎでご飯にありつける旦那や子供たち。

父親が誰かわからない子は、長屋で皆で育てていました。

お祭りの夜といえば、淫行祭り。

あちらこちらで男も女も外で皆で楽しんでいました。

平安時代は毎晩、夜這いの風習。

皆、光源氏のような生活をしていました。

戦国時代の元服前の男児の男色なんてのも当たり前。

森蘭丸が織田信長の小姓をしていて信長の寵愛を受けていたのは有名な話しです。

蘭丸は信長と一緒に本能寺の変で亡くなりました。享年18歳。

きっと本望だったことでしょう。

有名な俳優が『不倫は文化』と言ったのも歴史上のこの文化から発したセリフでした。



★貞操観念の始まり


日本の貞操観念が厳しく言われるようになったのは明治時代のキリスト教の普及からです。

段々と浸透していったらしいのですが、本格的に男女の貞操が厳しくなり始めたのは、戦後からです。

民主主義の考えが発達して、貞操観念が必要な世の中に変化していったのが要因の一つです。


★シングルマザーの貞操観念

元々貞操観念なんてない日本人が100年以上も無理をしてきた結果、今になって崩壊してきたのではないでしょうか?

だから一夫一妻の制度に無理が生じ、男も女もゲスな不倫が蔓延し、離婚率が上がったのだと推測します。

日本人の貞操観念なんて、脆いものなのだと思います。

私も貞操観念は道徳上、一応植えつけられましたが年々無理が生じきたように感じます。

人は子どもの時と年をとった時に本能が強くなりますしね。


私の前世はきっと、吉原の遊女だったに違いない!(←特に根拠なし)




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【告白⑩】上司の逆襲〜可愛さ余って憎さ百倍


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【告白⑨】はコチラ

つづき。


彼(タク)と同棲を始めて数ヶ月が経ちました。

タクとの微妙な距離感や不信感が少しづつ積もっていっている時期でした。

まず彼の男友達と私はうまくやっていけそうにない、ということ。

それはそうですよね、あの男に殴られたのですから。

20年たった今も忘れていません。

そして湾岸の上司も私たちの同棲をよく思ってなく、それも輪にかけて距離感ができたのかもしれません。

上司には私に対するプライドや彼に対する妬みがあったのだと思います。

上司は事あるごとに私たちの関係に口を出してきました。

同棲するならどっちかが会社辞めろ、とか(実際、規定には結婚したらどちらかが別の営業所に移動しなければいけないのですが、同棲は規定にないので問題はありません) 会社で口をきくなとか、色々。

確かに、周りの同僚の手前、あまり仲良くしたりするのは公序良俗的にも よくないとは思いますが、周りの同僚たちは祝福してくれていましたし、公認の仲でしたので口をきかないのは少し大袈裟です。

そして上司の私に対する束縛や言動が段々とエスカレートしてきたのです。

保険に入るなら、俺が紹介したところに入れ!とか、貯蓄をするならこの銀行のこの商品で積み立てろ!とか、あいつとは飲みに行くな、とか、残業して俺の仕事手伝えとか、散々でした。

なぜこうなったか、と言うと、やはりあの湾岸での出来事が原因です。

上司は私に振られた形になっていたのが悔しかったのです。

そして、私が彼と別れるように色々手を変え品を変え、彼に私の悪いところを吹聴してみたり、逆に彼の悪いところを私に言ってみたり、必死でした。

自分と不倫しろ、さもないとお前の立場が悪くなるぞ!と言うパワハラです。

当時はセクハラ、パワハラなんて言葉はまだなく、単なる上司の部下いじめです。

そして前にも言いましたが、上司は妻子持ちです。

ただ奥さんとはうまくいってなくて離婚調停中でした。

すると、ある日会社に上司の奥さんから電話がきたのです。

〇〇(上司)の妻ですが、〇〇は、いますか?と。

上司はお休みでしたので、私は『今日はお休みをいただいています。』と答えました。

それがいけなかったらしく、奥さんは明らかに機嫌が悪くなりました。

それはそうですよね、会社にいるとばかり思ってる旦那が自分の知らないうちに会社を休んでいるのですから。

私も言ってしまった後にまずかったかな?と思いましたが、後の祭りです。

すると奥さんは言いました。

『あなた□□さん?主人からよく話を聞いてます、主人がお世話になっているようで!』

・・・

奥さん何か勘違いをしてます。

私と不倫をしているとでも思ってるかのような言い方でした。

離婚調停中の上司が奥さんに私の話なんてする訳ないので、多分奥さんのハッタリだと思いますが、ただ、会社っていうのは、『壁に耳あり障子に目あり』なので、どこからか噂になっていたのかもしれません。


私は車の中で上司に勝手にキスされただけです。

ご飯と飲みに何度か行っただけです。

自分からは一切誘っていませんし、勘違いさせるような言動もしていなかったと思います。


そして奥さんばかりでなく、タクも私と上司の関係を少し怪しんでいました。

それはそうですよね、上司が彼に私との同棲を解消するように勧めてきたり、残業で上司と二人きりで仕事している私をみて疑っていたと思います。

ただ私も私なりのプライドがあったのと、実家に戻りたくないという思いから、タクとの同棲を解消するつもりはありませんでした。

色々ありながらもタクとの同棲はダラダラと続いていました。

そして同棲を始めて一年が経とうとしていたある日、私は会社のイベント中、事故で大きな怪我をしてしまったのです。





つづく。



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